東京地方裁判所 昭和22年(ワ)461号 判決
原告 浦田仙造
被告 吉田嘉助
引受被告 岸勇三
一、主 文
原告が東京都中央区銀座西五丁目一番地の一の宅地十一坪八合八勺について普通建物所有の目的で存続期間昭和三十一年九月十四日まで賃料一ケ月坪当り金一円二十銭毎月末日払なる賃借権を有することを確認する。
引受被告は原告に対し右宅地の引渡をせよ。
訴訟費用は被告及び引受被告の連帶負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに引渡の部分についての仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、東京都中央区銀座西五丁目一番地の一の宅地十一坪八合八勺(以下係争地と称する。)は、昭和三年九月頃近辺が区劃整理された時旧地十四坪余の換地として指定されたものであるが、その旧地十四坪余は訴外法月英治が大正十三年末頃より、その所有者であつた被告から普通建物所有の目的で賃料一ケ月坪当り六十五銭、毎月末日払期間三十年と定めて賃借していたもので、原告は昭和三年九月区劃整理中に訴外法月から旧地十四坪余の右賃借権を譲受け、被告の承諾を得、同時に賃料を一ケ月坪当り金一円二十銭に改めた。その後係争地が旧地の換地として指定されたので原告は係争地につき前記のような賃借権を有することとなり、昭和三年十二月頃係争地上に木造スレート葺三階建家屋一棟を建築所有していたところ、昭和二十年三月十九日係争地は第六次強制疎開地に指定され、原告は補償金を受領して右家屋を都に買收され取毀されたが、同年十二月六日右疎開地指定は解除された。
二、右第六次強制疎開は防空用空地の確保のためにする建物の除却を目的とするもので借地権とは関係がない。原告の受領した補償金一万七千六百十二円二十銭は建物のみに対するものに過ぎず、原告は係争地借地権を東京都に譲渡したことも借地権を放棄したこともない。故に原告の借地権は依然存在している。
三、かりに原告の右借地権が消滅しているとしても、原告は昭和二十年三月末頃被告に対し係争地の建物強制疎開地の指定が解除されたならば、従前同様原告に貸して欲しいと申込んだところ、被告はこれを承諾したから、原被告間には停止条件附賃貸借が成立したのであるが、前記のように昭和二十年十二月六日指定解除となつたので、同日を以て右賃貸借は原被告間に効力を生じた。
四、昭和二十四年四月十一日引受被告は被告から係争地を買受けたので、罹災都市借地借家臨時処理法第十条により、原告が疎開当時から引続いて有している借地権は引受被告に対抗しうるものであり、その存続期間は同法第十一条により昭和三十一年九月十四日となる。又昭和二十年十二月六日原被告間に効力を発生した賃貸借については、引受被告は係争地の買受に当つて賃貸人の地位を承継したから、右賃貸借は原告と引受被告との間に存することとなり、その期間は定めがないので三十年となるから、少くとも昭和三十一年九月十四日までは存続すること明らかである。
五、然るに被告及び引受被告は原告の有する借地権を争い、引受被告は係争地上に家屋を所有して係争地を占有している。よつて本訴に及んだ。
と述べ、被告の主張に対して、
第六次疎開における建物補償額の算出が被告主張のとおりであつたことは認めるが、それに借地権の補償が含まれているとの主張は争う。都がそのような見解で取扱をしたことは知らない。都は昭和十九年二月十八日「東京都疎開事業損失補償標準」を定めており、これによると借地権補償は建物とは別になさるべきもので、第五次疎開まではこれに従つて両者を別々に評価補償して来たのであるが第六次に至り突然そのように評価方法を変えたのである。然し敷地が表通りでも裏通りでも建物の経過年数が同じなら同じ倍率を乗ずるというような算出方法では借地権を評価して含めてあるとはいえない。都が一方的にかかる見解を取つたとしても、それは東京都防衛局長からの区長に対する内部的事務取扱上の通牒に過ぎず、各借地権者に対しては通知がないから対抗し得ない。かえつて第五次疎開までは借地権者から借地権買上の承諾書を差入れさせているのに、第六次疎開では右の手続を取らなかつたこと、都有財産条例第六条によれば公共財産の払下その他の解放をなすにあたつては、旧縁故者に権利を与えるのを原則とするから、もし借地権が買收されていれば、指定解除にあたり旧借地権者たる原告に借地権を譲渡すべきものであるのにこの手続をとらずに土地所有者に更地として返還したこと等に徴して、借地権は買收されていなかつたとすべきである。
かりに補償金が借地権に対するものも含むとすると、その買收行為は都が自ら制定した一般法規たる損失補償標準に反することとなつて不適法であり、又補償額中借地権に対する部分が確定されていないから内容も不定であつて、かかる行政処分は無効である。又、補償金は建物所有者だけに交付されたのであるが、これでは建物所有者と敷地借地権者とが異る人格であつた場合借地権者は何等の補償も受けずに権利を喪失する不都合を生ずる。
かりに建物買收によつて借地権消滅すると解すると、借地権者は非常な損失を蒙るに反し、土地所有者は指定解除によつて更地を得ることとなつて公平をかき、罹災都市借地借家臨時処理法で疎開家屋を罹災家屋に準じて取扱つた精神に反し、又買收に際し損失を補償すべきことを規定する旧防空法第十三条同法施行令第九条の法意にも背くこととなる。現行憲法第二十九条第三項の規定はいうまでもなく、旧憲法下においても、受命者の権利について相当の補償をしなければ公用徴收は有効に成立しないのであるが被告主張のように解すると、これに違反することとなる。
と答えた。<立証省略>
被告及び引受被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求の原因に対して、
第一項は認める。但し買收は係争地借地権にも及んだものである。
第二項は争う。第六次疎開においては建物の賃貸価格に建物の経過年数に応じた一定倍率を乗じて、建物の補償金額が定められたが、都は借地権に対する補償は右の補償額中に含まれたものとして取扱つたのであり、原告は交付された右補償金を異議なく受領しているから借地権の補償を受けたものである。従つて原告の借地権は消滅している。
第三項は否認する。
第四項中昭和二十四年四月十一日引受被告が被告から係争地を買受けたことは認める。その他は争う。
第五項は認める。
と答え、更に、
第五次疎開までの取扱が原告主張のとおりであつて、第六次に至つて取扱が変更されたものなることは認めるが、これは空襲激化に伴い、事務の簡略を期して簡易の算出方法をとつたに止まり、借地権買收の方針を廃棄したものではない。私法上建物と借地権とは一緒に譲渡されるのを常とするが、都の疎開建物買收は私法上の任意契約による売買としてなされたものであるから、建物と共に借地権も買つたのであつて、建物の代金中に借地権の代金も含まれているのである。殊にその算出方法は建物の賃貸価格を基礎とするもので、同一坪数、同一構造の建物も建築場所によつて賃貸価格を異にするのはその場所的利益たる借地権の価値に差があるからであると考えられるから、賃貸価格は借地権の評価を含むものであり、これを基礎として算出した建物の補償額には借地権に対するものも含まれている。実際上も第六次疎開の補償額は第五次疎開までの建物と借地権との各補償額の合計を上廻つたので、都民に喜ばれたものである。
前記のように都の買收は私法上の売買であつて、行政処分ではないから行政処分であるとして原告の論ずるところは失当である。借地権は当然建物に伴つて売買されるから、特に買上承諾書の差入れがなくとも借地権を借地権者が失つたことは第五次までと変りはない。又建物所有者と敷地の借地権者とが異る場合には都としては両者に補償金の分配率を協議せしめるとか協議調わねば供託するとか適当な処置を取りうるのであつて、原告主張のような不都合は起らないし、都としては借地権の有無にかかわらず建物所有者に対し借地権を含めた補償額を支払つたわけではない。いずれにしても原告の主張は失当である。と附陳した。<立証省略>
三、理 由
原告が係争地を昭和三年九月より当時その所有者であつた被告から賃料一ケ月坪当り金一円二十銭毎月末日払の約で賃借し同年十二月係争地上に木造スレート葺三階建家屋一棟を建築しこれを所有していたところ、昭和二十年三月十九日係争地は第六次建物強制疎開の対象地と指定され、原告所有の右家屋は東京都に買收されたことは当事者間に争いがない。然しながらこの際係争地に対する原告の借地権が消滅したか否かについては争いが存するので、以下これについて考察する。
先ず戦時中数次にわたつて施行せられた東京都の建物強制疎開の法的性質について案ずるに、これは、旧防空法第五条の四又は六にもとずき、防空用空地を確保するため一定要件を備えた建物を相当な補償の下に公権力を以て除却することを目的とする行政処分であると考えられる。従つて、当然にはその敷地の借地権を消滅させる効力を持つものではない。故に都がその消滅を欲する場合は建物除却とは別に借地権者との間にその消滅のための行為をすることを要する。第五次疎開までは建物と借地権とは別々に評価補償されていたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いない甲第二号証の五、甲第五号証並びに亀沢証人、西島証人の各証言を綜合すると、建物、借地権の各補償額は「東京都疎開事業損失補償標準」によつて決定されていたこと及び補償金交付に際し都は借地権者から買上承諾書を差入れさせて借地権を消滅させていたことが認められるが、これらは都が建物除却と借地権との関係について右と同様の見解を取つていたことを示すものである。ここに借地権消滅のためにする都の行為の法的性質については借地権を借地権者と都との間に売買したものであるとの見解も存するが、成立に争いない乙第一号証にいわゆる借地権の「補償」の語は私法上の売買でなく公用收用に対して用いられる表現であるし、甲第二号証の五の借地権の「買上」の語は補償金を受けて権利を失う事態を素朴に表現したものと解すべきであり、又成立に争いない乙第二号証並びに弁論の全趣旨によれば都は同一地主に属する数個の借地を一括して改めて地主との間に借地契約をしたことが推認しうるが、各借地権の売買と見れば都は各借地権者の地位を承継するわけであるから新たに一括した契約をしたことが理解しえない。私法上の売買でなく公用收用であり、そのための補償によつて前主の借地権が消滅したと見て始めてこれを理解しうる。以上要するに第五次までの疎開においては建物とは別に借地権に対する收用並びにその補償が行われたものである。
しかるに第六次疎開に至つては一変して、建物の賃貸価格に建物の経過年数に応ずる一定倍率を乗じたもののみを補償額とするに至つたことは当事者間に争いがなく、乙第一号証並びに亀沢、西島両証人の証言を綜合すると、東京都防衛局長からの区長に対する通牒によつて、都としては、借地権は右の建物補償額中に包含されたものとして別にこれに対する補償をしなかつたことが認められ、成立に争いない甲第一号証の五によると、昭和二十年八月九日原告は建物補償代金として金一万七千六百十二円二十銭を異議なく受領したことが、原告本人訊問の結果によるとその他に受領した補償金はないことが、それぞれ認められる。被告は右の補償金は借地権に対するものを含むと主張し、その理由として(イ)私法上建物と借地権とは一緒に譲渡されるのを常とするところ、都と原告との間には係争地上の建物につついて私法上の売買が行われたのであるから、都は借地権も建物と共に譲受けたのであつて、建物の補償金というのは売買代金であり、当然借地権の代金を含む。(ロ)前記の方法で算出される補償額は客観的に借地権に対するものを含むといいうるのみならず、実際上も第六次疎開の建物補償額は第五次迄の建物と借地権との補償金合算額を上廻るとて都民に喜ばれたものである。と論ずるので、以下これを検討する。
先ず(イ)について考えるに、前記のように強制疎開における建物の除却や借地権の消滅は都の行政処分であつて、補償金は公法上の損失補償として交付されるのであるから、これを私法上の売買と見るのは失当である。従つてこれを前提とする被告の主張は理由がない。かりに被告の主張するとおりこれを私法上の売買と見るとしても、通常両者が相伴うのは、苟くも建物の譲渡である以上、建物を建物たらしめる要素たる敷地利用権なしには無意義となるという客観的事情があるからである。しかるに都が係争地上の建物の処分権を取得したのは、除却のため、いいかえれば建物を建物たらしめないためなのであるから、到底右の論理には従い得ない。被告のこの主張は採用しない。
次に(ロ)について案ずるに先ず「建物の経過年数に応ずる一定倍率」が借地権と全く無関係であることは明らかであるから、問題は「建物の賃貸価格」が借地権に対する評価を含むか否かである。被告は建物の賃貸価格にはその場所的利益が顧慮されているとの理由でこれを肯定する。案ずるに賃貸価格が建物の利用価値の綜合的表現として建物自体の価値と敷地の利用価値との双方を因子として決定されるものとなることは公知の事実といえようが、その故に借地権の価値を正しく反映しているとは必ずしも断じ得ない。何故ならば、借地の坪数又は賃料の増減や借地権残存期間の漸減などは借地権自体を評価する際には重要な要素たることは明らかであるが建物の賃貸価格を左右するものではないからである。要するに建物の賃貸価格が借地権を評価しているように見えるのは場所的利益すなわち建物の位置という一側面から見てのみのことであつて、土地の坪数等その他の諸側面から見れば必ずしも借地権の価値を反映しているとはいえない。疎開の実施された場所、殊に係争地近辺では建物は密集しているから敷地の坪数に余裕あるは少なく、借地権の中場所的利益の一面が他の面よりも著しく比重を増大している場合であるということはできようが、一般論としては、賃借価格はあくまでも建物の利用価値そのものであつて借地権の価格の全部又は一部を含むものではない。かかるものを建物の経過年数に応じて幾倍したとてそれは終始建物の価額を表現するにすぎず借地権に対する補償を含むものとはなり得ない。又実際上も、第六次疎開の補償金が第五次迄のそれを上廻つたとの点については、これを肯定する亀沢証人の証言は必ずしも心証を得るに充分でなく、その他これを認めるに足る証拠がない。かりに上廻つていたとしても、賃貸価格を基礎として算出されている以上借地権を評価し得ぬことには変りはない。被告のこの主張も採用できない。
右に検討したように原告の受領した補償金は借地権に対するものを含んでいない。従つて疎開実施にあたつた区長においては防衛局長通牒の趣旨によつて事を処理したとするも、かくては借地権は補償なくして收用せられることとなるから、かかる措置は旧防空法第十三条同法施行令第九条に違反して無効というべく、このことと、冒頭に述べた第五次までの処理方法とを比較綜合すれば、結局第六次疎開においては、借地権については收用及びその補償はなされなかつたものと解するのを相当とする。故にその他の原告主張にふれるまでもなく係争地に対する原告の借地権は消滅していないといわなければならない。
昭和二十四年四月十一日引受被告が被告から係争地を買受けたことは当事者間に争いがない。原告は疎開当時から引続き係争地に借地権を有するから罹災都市借地借家臨時処理法第十条によつて、その借地権を引受被告に対抗しうることになり、その存続期間は同法第十一条により昭和三十一年九月十四日までとなる。よつて被告並びに引受被告との関係における借地権確認の請求は理由がある。
引受被告が係争地上に建物を所有し係争地を占有していることは当事者間に争いがない。故に上述の所から引受被告は原告の借地権を侵害していることになる。よつて引受被告に対する原告の引渡請求は理由がある。
以上のように原告の請求はいずれも正当であるからこれを認容し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さぬこととして主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)